2016年2月2日火曜日

走れjunq_その2



竹馬の友、セリヌンティウスは、深夜、編集室に召された。編集の面前で、き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。junqは、友に一切の事情を語った。セリヌンティウスは無言で首肯うなずき、junqをひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。セリヌンティウスは、縄打たれた。junqは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。
 junqはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、あくる日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。junqの十六の妹も、きょうは兄の代りにアーロンチェアの番をしていた。よろめいて歩いて来る兄の、疲労困憊こんぱいの姿を見つけて驚いた。そうして、うるさく兄に質問を浴びせた。
「なんでも無い。」junqは無理に笑おうと努めた。「NPに用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。あす、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう。」
 妹は頬をあからめた。
「うれしいか。綺麗きれいな衣裳も買って来た。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い。結婚式は、あすだと。」
 junqは、また、よろよろと歩き出し、家へ帰って床の間を飾り、祝宴の席を調え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。
 眼が覚めたのは夜だった。junqは起きてすぐ、大日本独身党党員の家を訪れた。そうして、少し事情があるから、党員大会を明日にしてくれ、と頼んだ。党員は驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、シルバーウィークまで待ってくれ、と答えた。junqは、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。党員も頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか党員をなだめ、すかして、説き伏せた。大日本独身党党員大会は、20:30に行われた。党員の、独身の神々への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。党大会に列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い家の中で、むんむん蒸し暑いのもこらえ、陽気に歌をうたい、手をった。junqも、満面に喜色をたたえ、しばらくは、編集とのあの約束をさえ忘れていた。党大会は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった。junqは、一生このままここにいたい、と思った。この佳い人たちと生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。junqは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。その頃には、雨も小降りになっていよう。少しでも永くこの家に愚図愚図とどまっていたかった。junqほどの男にも、やはり未練の情というものは在る。今宵呆然、歓喜に酔っているらしい党員に近寄り、
「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい党員仲間があるのだから、決して寂しい事は無い。党首の、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事だ。おまえも、それは、知っているね。仲間との間に、どんな秘密でも作ってはならぬ。おまえに言いたいのは、それだけだ。党首は、たぶん偉い男なのだから、おまえもその誇りを持っていろ。」
 党員は、夢見心地で首肯うなずいた。junqは、それから党員の肩をたたいて、
「仕度の無いのはお互さまさ。私の家にも、宝といっては、妹とアーロンチェアだけだ。他には、何も無い。全部あげよう。もう一つ、大日本独身党党員になったことを誇ってくれ。」
 党員はみ手して、てれていた。junqは笑って村人たちにも会釈えしゃくして、宴席から立ち去り、小屋にもぐり込んで、死んだように深く眠った。
 眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。junqは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。きょうは是非とも、あの編集に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って磔の台に上ってやる。junqは、悠々と身仕度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。さて、junqは、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出た。
 私は、今宵、垢バンされる。垢バンされる為に走るのだ。身代りの友を救う為に走るのだ。編集の奸佞かんねい邪智を打ち破る為に走るのだ。走らなければならぬ。そうして、私は垢バンされる。若い時から名誉を守れ。さらば、ふるさと。若いjunqは、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら走った。村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、雨もみ、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。junqはひたいの汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、もはや故郷への未練は無い。妹たちは、きっと佳い夫婦になるだろう。私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。まっすぐに編集室に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気のんきさを取り返し、好きなジュディマリをダメな声で歌い出した。ぶらぶら歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降っていた災難、junqの足は、はたと、とまった。見よ、前方の人垣を。明日のコミケで腐女子が氾濫はんらんし、濁流滔々とうとうと集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵こっぱみじん橋桁はしげたを跳ね飛ばしていた。彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、タクシーは残らず浪にさらわれて影なく、渡守りの姿も見えない。薄い本を買い求める客の流れはいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。junqは道端にうずくまり、男泣きに泣きながら東京ビッグサイトに手を挙げて哀願した。「ああ、しずめたまえ、荒れ狂う流れを! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、編集室に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、私のために死ぬのです。」
 濁流は、junqの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。浪は浪を呑み、捲き、あおり立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はjunqも覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。ああ、神々も照覧あれ! 濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。junqは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきときわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、神も哀れと思ったか、ついに憐愍れんびんを垂れてくれた。押し流されつつも、見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。ありがたい。junqは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先きを急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。(つづく

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